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横浜地方裁判所 昭和62年(行ウ)18号 判決

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告が横浜市港北区高田土地改良区に対して交付した別紙「高田土地改良区補助金交付一覧表」記載の補助金のうち昭和四二年度から同五七年度までの間及び同六〇年度に交付した補助金総額一億五七四一万六三〇〇円について、その交付決定を取り消し当該補助金の返還を命ずること又は同額の損害賠償請求を怠っていることが違法であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  本案前の申立て

主文と同旨

三  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らはいずれも横浜市の市民である。

2  被告は、横浜市港北区高田町の地区内にある農用地の土地改良事業を施行することを目的として右農用地の所有者らによって設立された横浜市港北区高田土地改良区(以下「高田土地改良区」という。)の交付申請に基づき、同改良区に対し、同改良区が昭和三九年から同六一年までに施行した土地改良事業について別紙「高田土地改良区補助金交付一覧表」記載のとおり総額二億三〇三一万一五〇〇円に及ぶ補助金を交付した。

高田土地改良区は、右申請にかかる各会計年度ごとに組合員から賦課金を徴収する旨の収支予算書及び賦課金を徴収ずみである旨の収支決算書(以下併せて「収支予決算書」という。)を補助金交付申請書とともに被告に提出し、被告はこれに基づいて補助金の交付及び交付金額を決定し、これを支給してきた。

3  しかしながら、このうち昭和四二年度から同五七年度までの間及び同六〇年度に交付された補助金総額一億五七四一万六三〇〇円(以下「本件補助金」という。)については、高田土地改良区において、組合員から賦課金を一切徴収していないのに、これが徴収ずみ(あるいは徴収する予定)であるかのごとき虚偽の収支予決算書を被告に提出し、その旨被告を誤信させて交付を受けた違法なものである。

すなわち、

(一) 高田土地改良区は、農業経営を合理化し農業生産力を発展させるため土地改良事業及びこれに付帯する事業を行い、食料増産に寄与することを目的(同土地改良区の定款一条)として設立されたものであり、第一義的には、構成員(組合員)の利益のために区画整理その他の土地改良事業を行なうものであるから、その事業に要する経費は当然のことながら当該組合員の負担と出捐によって賄われるべきものである。

(二) また、横浜市の土地改良事業に対する補助金の交付は、「横浜市土地改良事業補助金交付規則」(昭和五〇年一〇月四日制定、規則一一一号、以下「補助金交付規則」という。)に従ってされるが、その五条、六条によると、補助金の交付申請には当該補助事業にかかる収支予算書等の提出が義務付けられ、市長は右提出書類を厳密に審査したうえ交付決定の要否を決定すべきものとされ、補助事業者が法令又は規則に違反して補助金の交付を受けたときは、交付決定の全部又は一部を取り消すことができ(一八条)、この場合には既に交付した補助金の返還を命ずべきものとされている(一九条)。

(三) したがって、高田土地改良区において、組合員から賦課金を一切徴収していなかったのに、これが徴収ずみ(あるいは徴収する予定)であるかのごとき収支予決算書を被告に提出し、被告をしてその旨誤信させて本件補助金の交付を受けた行為は補助金の騙取ともいうべきものがあり、民法七〇九条の不法行為に該当することはもちろん、住民の税金を財源とする補助金交付の要件は特に厳格でなければならないことからすれば、被告において本件補助金の交付決定を取り消してその返還を命じなければならない場合にも該当する。

4  しかるに、被告は、昭和六二年五月八日原告らの指摘を受け、高田土地改良区が違法に本件補助金の交付を受けた前記事実を知りながら、今日まで横浜市の代表者として右不法行為に基づく損害賠償請求権の行使をすることはもとより、本件補助金交付決定者として同決定の取消しと本件補助金の返還を命ずることも怠っている(以下「本件怠る事実」という。)。

5  原告らは、昭和六二年六月四日横浜市監査委員に対し本件怠る事実を改めるため必要な措置を講ずべきことを求めて地方自治法(以下「法」という。)二四二条に基づく監査請求をした(以下「本件監査請求」という。)ところ、同監査委員は、右請求が同条二項所定の期間を徒過した請求であって不適法である旨同年七月三〇日付け文書をもって原告らに通知した。

6  よって、原告らは請求の趣旨記載の判決を求める。

二  本案前の主張

1  本件補助金は遅くとも昭和六〇年度の補助金が高田土地改良区に交付された昭和六一年二月一五日にはいずれも交付ずみであるところ、本件監査請求は右最終の交付日から法二四二条二項所定の一年を経過した後である昭和六二年六月四日になされているから、本件訴訟は適法な監査請求を経由していない不適法なものである。

すなわち、

(一) 原告らは、被告の補助金交付決定取消しによる補助金返還請求権又は損害賠償請求権の不行使をもって法二四二条の二第一項三号所定の「当該怠る事実」として捕らえ、これが違法であることの確認を求めて本件訴訟を提起しているが、このように補助金の交付という財務会計上の行為に基づいて発生する請求権等の不行使をもって「怠る行為」として捕らえられる場合には、財務会計上の行為である補助金交付の日がすなわち当該請求権不行使の起算日であるから、右交付日を基準として法二四二条二項の監査請求期間を判断すべきである(最高裁判所昭和六二年二月二〇日第二小法廷判決、民集四一巻一号一二二頁、以下「六二年判決」という。)。

(二) また、土地改良事業に対する補助金の交付は広く住民に知れ渡った制度であり、横浜市は補助金交付の事実を公開し、高田土地改良区においても補助金交付及び組合費未徴収の事実を隠秘していないのであるから、注意深い住民であるなら補助金交付の事実及び高田土地改良区における組合費未徴収の事実を容易に知り得たはずであり(なお、原告青木勇彦の妻青木八重子は高田土地改良区の元組合員であった。)、監査請求の期間を徒過したことについて法二四二条二項但書に定める正当な理由は認められない。

2  さらに本件補助金交付決定の取消権を行使するか否かは被告の裁量にかかり、その判断は行政管理上のもので財産管理上のものではないから、これを争うには法二四二条の二第一項二号の請求によるべきであり、被告が右取消権を行使しなかったことをもって財産の管理を怠る違法があるとする本件訴訟は不適法である。

3  補助金交付取消請求権は五年の除斥期間の経過により当然に消滅すると解される(民法一二六条)ので、本件補助金のうち昭和五六年度分までの補助金の交付の取消権と返還請求権はいずれも本件監査請求以前に消滅している。

したがって、本件訴えのうち少なくとも右年度までの補助金について補助金交付の取消しと返還請求を怠っていることの違法確認を求める部分は訴えの利益がない。

三  本案前の主張に対する認否、反論

1  本案前の主張1のうち、原告らが本件監査請求をした年月日は認めるが、主張は争う。

2(一)  被告が主張する六二年判決は、財務会計上の行為を監査請求の対象とすることができるのにこれをせず、敢えて右財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体上の請求権の不行使という怠る事実として構成することにより期間制限を受けることなく監査請求できるとすることが法の趣旨を没却するという目的論的解釈に基づいて、財務会計上の行為の時を基準として監査請求の期間制限を受ける旨の結論を導いたもので、怠る事実として構成された事実が当初の財務会計上の行為と表裏一体をなす、いわばその変形たる請求権である場合には、怠る事実の違法確認請求の形をとっていても、監査請求の期間制限があることを示した判決である。

(二)  しかし、本件は、被告が本件補助金交付当時高田土地改良区が賦課金を徴収していない事実を知らなかったから、その当時において右補助金交付が違法、無効といえず、したがって、原告らも本件補助金の交付という財務会計上の行為を監査請求の対象とすることができなかった事案である点において六二年判決とは事案が異なるのである。これを言い換えるなら、原告らは、本件補助金が交付された後になって本件補助金の騙取が判明し、その時点で本件補助金の返還を命じ、あるいは不法行為に基づく損害賠償請求権を行使すべき財務会計上の義務が発生したと解されるのに被告がその行使を怠っているため、その是正を求めて本件訴訟を提起したものである。

(三)  したがって、右怠る事実の対象たる請求権は、被告の本件補助金交付という財務会計上の行為を原因とするものではあるが、右財務会計上の行為の変形たる請求権ではなく、またこれと表裏の関係にもないから、六二年判決と事案を異にするのであり、最高裁判所昭和五三年六月二三日第三小法廷判決、裁判集民事一二四号一四五頁(以下「五三年判決」という。)が判示するとおり監査請求の期間制限を受けないものと解されるのである。

(四)  仮に本件監査請求が法二四二条二項本文の監査請求期間を徒過しているとしても、前記のとおり高田土地改良区は欺罔的手段によって本件補助金交付を受け、横浜市の住民はもとより被告もその違法を認識できなかったのであるから、本件監査請求の期間徒過には同条二項但書にいう正当な理由がある。

なお、原告青木勇彦の妻である青木八重子はもと高田土地改良区の組合員であったが、組合費(賦課金)を納めていないのに領収書が送られてきたことからこれを不審に思い、昭和六二年五月頃右事実を原告らに告げ、原告らにおいて調査した結果本件補助金交付の違法が判明したものである。

3  同2の主張は争う。本件補助金の交付は講学上のいわゆる瑕疵ある行政行為であるからその取消権の行使については裁量の余地はない。また、違法な補助金交付の取消しと返還請求はまさしく財務会計上の行為であり、契約上の解除権の行使及びこれに基づく原状回復請求権とはその性格が異なるから、これを行政監督権の行使ということはできないし、被告は高田土地改良区の監督官庁でもない。

4  同3の主張は争う。公法上の取消権に民法一二六条の適用はない。仮に同条の適用があるとしても、時効の起算時である「追認をなすことを得る時」とは被告が高田土地改良区の欺罔行為により補助金交付をしたことを知った時を意味するから時効は完成していない。なお、同条が定める五年の期間は除斥期間ではない。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3冒頭の事実のうち、高田土地改良区が昭和四二年度から同五七年度までの間及び同六〇年度において、組合員から賦課金を一切徴収していなかったこと、同土地改良区が被告に提出した収支予決算書が虚偽であることは知らないが、同土地改良区が被告に収支予決算書を提出し、被告が原告主張のとおり同土地改良区に本件補助金を交付したことは認める。

同(一)のうち、高田土地改良区の定款一条の規定内容は認めるが、その余の主張は争う。

同(二)のうち、補助金交付規則五条、六条により補助金の交付申請に当たっては当該補助事業にかかる収支予算書等の提出が義務付けられている事実は否認するが、その余の事実は認める。

同(三)の主張は争う。

4  同4の事実は否認する。

5  同5の事実は認める。

五  被告の主張

1  本件補助金は、横浜市が高田土地改良区の事業を公共上必要なものであると認め、当該事業の適正な遂行に資するために交付したものであり、同改良区の事業の具体的成果に応じて金額を確定して交付されるものであるから同改良区が組合員から賦課金を徴収しているか否かは関係がない。

2  したがって、本件補助金の交付は適正なものであり、高田土地改良区の本件補助金受領も不法行為に該当しないから、被告には本件補助金の交付決定を取り消してその返還を求めるべき義務はもとより、損害賠償請求すべき何らの義務もない。

3  仮に本件補助金の返還ないし損害賠償請求すべき義務が被告にあるとしても、高田土地改良区の事業が執行され成果が上がっている以上、本件補助金交付の目的は達成されているから、横浜市には財産的損害が発生していない。

4  また、本件補助金の返還請求権は公法上の金銭債権であり、法二三六条一項により五年の消滅時効にかかるところ、昭和五六年度以前の補助金は本件監査請求の時点で補助金交付の日から五年を経過しているので時効が完成している(昭和五六年度の補助金が交付された日は昭和五七年四月一二日である。)。補助金返還請求権の消滅時効が補助金交付決定の取消し時点から進行するものとしても、右年度の補助金についての交付決定の取消権自体が各補助金の交付時から五年の経過により時効消滅しているので結論に変わりはない。

また、昭和四一年度までの補助金に関する損害賠償請求権も民法七二四条後段により時効消滅しているので同様である。

六  被告の主張に対する原告の認否、反論

被告の主張1ないし4はいずれも争う。補助金返還請求権は補助金交付決定の取消しによって初めて発生するので返還請求権の消滅時効は未だ進行していないし、本件補助金交付決定の取消権についても、その消滅時効は当該行為の追認をなし得べき時から五年又は当該行為時から二〇年であるから、被告が高田土地改良区の欺罔的手段により本件補助金交付がされたことを知った時から五年間、又は本件補助金交付時から二〇年間は時効が完成していない(民法一二六条)。

また、公法上の請求権と異なり損害賠償請求権は時効の完成により当然には消滅しないので、時効が完成したとしてもこれを損害賠償請求権を行使しないことの正当理由とすることはできない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  原告らがいずれも横浜市の市民であること、被告が高田土地改良区に対し、昭和四二年度から同五七年度までの間及び同六〇年度について総額一億五七四一万六三〇〇円の補助金を交付したこと(本件補助金の交付)、原告らが昭和六二年六月四日横浜市監査委員に対し本件監査請求をしたこと、これに対し同監査委員が法二四二条二項所定の期間を徒過した不適法な請求である旨同年七月三〇日付け文書をもって原告らに通知したことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  原告らの本件訴訟は、被告が本件補助金の交付決定を取り消してその返還を命じること又は高田土地改良区の不法行為により本件補助金が騙取されたことに基づく損害賠償請求権の行使を怠っているとして、法二四二条の二第一項三号に基づいて被告の右権利不行使が違法であることの確認を求めるものであるところ、その訴えが適法であるためには原告らが本件訴訟の提起前に法二四二条二項の規定による監査請求を経ていることが必要であるから、原告らの本件監査請求が法二四二条二項の要件を満たした適法なものであるか否かの点について検討する。

1  怠る事実に関する監査請求については一般に法二四二条二項の規定が適用されないものと解されている(五三年判決参照)が、当該監査請求が、普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは、当該監査請求については、右怠る事実にかかる請求権の発生原因たる当該行為のあった日を基準として同条二項の規定を適用すべきものと解するのが相当である。

なぜなら、法二四二条二項の規定により、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過した後になされた監査請求は不適法とされ、当該行為の違法是正等の措置を請求することができないものとされているにもかかわらず、監査請求の対象を当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使という怠る事実として構成することにより同項に定める監査請求期間の制限を受けずに当該行為の違法是正等の措置を請求し得るものとすれば、法が同項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却される結果となるからである(六二年判決参照)。

2  これを本件についてみるに、〈証拠〉によれば、本件監査請求は、本件補助金の交付が違法な公金の支出に該当するのに被告が本件補助金の交付決定を取り消してその返還に命じることを怠っているとして右「怠る事実」の是正を求めてなされたものであり、被告がした財務会計上の行為である本件補助金の交付を違法であるとし、右違法によって発生する行政法規上の返還請求権又は実体法上の損害賠償請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としていることが明らかである。

3  原告らは、本件補助金の交付当時被告は本件賦課金不徴収の事実を知らなかったから本件補助金の交付はその当時において違法、無効とはいえないが、後日本件補助金交付の違法が判明したことにより、高田土地改良区に対して本件補助金の返還を命じ、あるいは不法行為に基づく損害賠償請求権を行使すべき義務が被告に発生したと解されるのに、被告がその行使を怠っているので、その是正を求めて本件訴訟を提起したものであり、右怠る事実の対象たる請求権は、被告の本件補助金交付という財務会計上の行為を原因とするものではあるが、右財務会計上の行為の変形たる請求権ではなく、またこれと表裏の関係にもないから、六二年判決の適用はなく、法二四二条二項の規定による監査請求の期間制限を受けない旨主張する。

4  しかしながら、原告らが主張するように高田土地改良区が賦課金不徴収の事実を秘して本件補助金の交付を受けたことが不法行為を構成するのであれば、本件補助金の交付は被告が右賦課金不徴収の事実を知っていたか否かに関わりなく直ちに損害賠償請求権が発生すると解されるし、また補助金交付決定の取消しと返還命令についても、補助事業者が法令又は規則に違反して補助金の交付を受けたことにより直ちにこれをすることができ(補助金規則一八条、一九条)、いずれの場合においても原告らが本件補助金交付当時に右賦課金不徴収の事実を知ったなら当該補助金交付を捕らえて直ちに監査請求することができたのであるから、原告らが主張する怠る事実は、本件補助金の交付という財務会計上の行為によって発生する行政法規上の返還請求権又は実体法上の損害賠償請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものといわざるを得ず、かつ、これを無制限に認めるときは法が同項の規定により監督請求に期間制限を設けた趣旨が没却される結果となることが明らかであるから、原告らの右主張は採用できない。

5  以上によれば、本件監査請求は本件補助金の交付日を基準として法二四二条二項本文に定める監査請求期間の制限を受けるところ、本件補助金が昭和六一年二月一五日以前にいずれも交付ずみであること、本件監査請求が同日から法二四二条二項本文所定の監査請求期間一年を経過した後である昭和六二年六月四日になされたことは当事者間に争いがないから、本件監査請求は法二四二条二項本文の監査請求期間を徒過したものというべきである。

6  そこで、右監査請求期間の徒過について法二四二条二項但書に定める正当な理由があったか否かについて次に判断する。

(一)  被告が、横浜市港北区高田町の地区内にある農用地の土地改良事業を施行することを目的として右農用地の所有者らによって設立された高田土地改良区の交付申請に基づき、同改良区が昭和三九年から同六一年までに施行した土地改良事業について別紙「高田土地改良区補助金交付一覧表」記載のとおり総額二億三〇三一万一五〇〇円に及ぶ補助金を交付したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると以下の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 横浜市の土地改良事業に対する補助金交付は昭和二二年頃には既に行われていたが、昭和三一年に横浜市土地改良事業助成規則が制定されて以降はこれに基づいて補助金の交付が行われ、同五〇年には補助金交付規則(〈証拠〉)及び横浜市土地改良事業補助金交付規則施行要綱(〈証拠〉、以下「補助金交付要綱」という。)が制定され、以後これに基づいて補助金が交付されている。

(2) 右補助金交付規則によると、補助金の交付を受けようとする者は所定の補助金交付申請書を市長に提出しなければならず(五条)、市長は申請書類及び必要に応じて行う現地調査等に基づいて審査し、補助金を交付すべきものと認めたときはすみやかに補助金交付決定通知書によりその旨を当該申請者に通知する(六条)ものとされている。

(3) 右補助金については、毎年農地整備費(昭和六二年度までは農地等改良費)として予算に計上され横浜市議会の議決を受けているが、議決の際の予算書には緑政費の第三項農業費の金額は記載されるものの、その中に含まれる補助金の金額については予算説明資料においてその総額が示されるに過ぎず、各土地改良区ごとの補助金額は明示されていない。具体的な補助金額はその後に横浜市の主管課から該当する土地改良区に対して口頭で連絡され、これに基づいて各土地改良区が総会を開催して収支予算書等の決議を行い、市長に補助金交付の申請をすることになる。市長から補助金交付決定を受けた土地改良区は当該補助事業に着手し、その工事が完了すると業者に代金を支払い、横浜市に実績報告書を提出して同市の審査を受け、補助金が確定した時点で補助金の請求を同市に対してなし、その交付を受けるのである。

なお、横浜市の農政関係の予算については、毎年度始めに横浜市内の農業団体の長を集めた会議で説明されている。

(4) 高田土地改良区は、毎年通常総会を開催し、横浜市からの補助金額、組合員の賦課金等を明示した議案を提示して組合員の議決を受けていた。

(二)  右事実によると、本件補助金は各年度においてそれぞれ横浜市議会の議決を受けた予算に基づいて高田土地改良区に交付され、横浜市はもとより高田土地改良区においても補助金交付の事実が特に秘密とされていたことはないから、横浜市議会の審議を傍聴し、緑政費の第三項農業費の詳細と交付先を横浜市の担当部局に尋ねるなどすることにより本件補助金交付の事実は容易に判明したものということができる。

しかしながらその反面、〈証拠〉によると、高田土地改良区は、組合員から賦課金を徴収する予定がないのに組合員の了解のもと本件補助金交付を受ける都合上と称して賦課金を徴収すること等を内容とする議案を毎年議決したほか、賦課金を徴収した旨の虚偽の会計書類を作成し、これを被告に提出して本件補助金の交付を受けてきたこと、及び高田土地改良区における賦課金不徴収の事実は同改良区の組合員の秘密とされていたことが認められ、この事実に徴すると、右賦課金不徴収の事実は同改良区の組合員以外の外部の者には容易に判明しない事柄であったというべきである。

(三)  そこで、原告らが高田土地改良区における賦課金不徴収の事実を知るに至った経緯についてみるに、〈証拠〉によると、原告青木勇彦の妻青木八重子は昭和三九年から高田土地改良区の組合員であったが、昭和四二年度以降賦課金を支払っていないのに毎年同改良区から青木八重子のもとに賦課金を徴収した旨の領収書が送付され、また昭和四六年四月頃には、横浜市から補助金交付を受ける都合上組合員から賦課金を徴収した旨の会計処理をしたので了承してほしい旨の高田土地改良区理事長名義の手紙(〈証拠〉)とともに賦課金を徴収した旨の領収書〈証拠〉が送付されたきたこと、昭和五九年頃、原告青木勇彦夫婦は、青木八重子が所有し高田土地改良区の事業区域内にある農地に息子のため居宅を建築することを計画し、当該農地について右事業区域及び市街地調整区域からの除外を求めるため不動産業者である原告島津宜正に相談し、同人の協力を得て横浜市の関係部局に陳情等を繰り返したこと、しかし、右農地は同六一年に高田土地改良区の事業区域から除外されたものの市街地調整区域からの除外は認められなかったこと、同六二年頃青木八重子宅で右農地の関係資料等を検討した際、原告島津宜正は青木八重子から前記手紙と領収書(〈証拠〉)や高田土地改良区の第七回通常総会議案(〈証拠〉)を見せられ、本件賦課金の不徴収の事実を知ったこと、青木八重子は原告ら訴訟代理人木村和夫を代理人として、同六二年五月七日被告に対し、高田土地改良区の賦課金不徴収により本件補助金の交付が違法であるので調査の上厳正な措置をとってほしい旨の書面を提出したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(四)  右事実に徴すると、高田土地改良区においては、組合員の了解のもと補助金交付を受ける都合上と称して組合員から賦課金を徴収しないのにこれをした旨の虚偽の会計処理をなし、永年にわたって賦課金不徴収を続けてきたものであって、組合員であった青木八重子が右事実を承知していたのはもとより夫である原告青木勇彦においてもその事実を承知していたものと推認されるから、同原告が相当な注意力をもって調査することにより客観的にみて右事実を知ることができ、同改良区における賦課金不徴収により補助金交付が違法であるとしてすみやかに監査請求することができたものというべきであり、したがって、原告らが監査請求期間を徒過したことについて正当な理由を見出すことはできない。

三  よって、本件訴えは適法な監査請求を経由しない不適法なものであるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊昭 裁判官 宮岡章 裁判官 今中秀雄)

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